書評「あなたのための物語」

こんにちは、渡辺 堅伍です。

先日、長谷敏司氏の「あなたのための物語」というSF小説を読んだので、感じたことをつらつらと。

あなたのための物語 (ハヤカワ文庫JA)

あなたのための物語 (ハヤカワ文庫JA)

 

 あらすじ

 西暦2083年。人工神経制御言語・ITPの開発者サマンサは、
ITPテキストで記述される仮想人格《wanna be》に小説の執筆をさせることによって、
使用者が創造性を兼ね備えるという証明を試みていた。
そんな矢先、サマンサの余命が半年であることが判明。
彼女は残された日々を、ITP商品化の障壁である“感覚の平板化”の解決に捧げようとする。
いっぽう《wanna be》は徐々に、彼女のための物語を語りはじめるが……。

 ネタバレ注意!!

 

 

 

この小説を読もうとしたきっかけは、最近何かと話題のAIに関する小説とかないかなーと色々探していたら、小説の執筆をするAIというちょっと斬新な設定に興味を引かれたからです。

ただ、読後感としては、「AI」がテーマというより、「物語と死」がテーマという感じがしましたね。

あらすじの通り、主人公であるサマンサは余命半年。どんどん体が死に蝕まれていきます。その描写ときたら、しつこいしつこい(褒め言葉)。展開が進むたびに体が痛んだり、血便がどうたらとか、読みながら「重病で死ぬ前ってこんななのかなぁ」なんて考えたりしてしまいました。

 

書評とかいってなんですが、正直この小説の伝えたいことを100%理解できてなかったり……。SFって難しいですね-

うーん、たぶん「人工知能と人間を分かつ線とは?」とか「物語とは人にとって何なのか?」的なことでしょうか。

ホントは読書2周目に入って、精読したいところではありますが、図書館から借りてる本なので、さっさと返してきます( ̄Д ̄;;

 

心に響いたセリフ

個人的に心に響いたのが、《wanna be》のこの言葉。

”物語”の定義を 、好悪の感情に反応する情報だと捉え直したとき、《私》は”人間”が理解できた気がしました。

この定義をとると、人間を取り巻く外界情報はほとんどが”物語”に含まれます。

ミス・サマンサがそうであるように、”人間”はみずからを満足させる”物語”を要求します。

人間は《私》のような決まった役割を与えられていないため、動機をもり立てるために”物語”を利用するのです。

創作にしろ虚構のない事実にしろ、好悪の感情に反応する物語がなくては、役割のない個体だけの社会で人的資源を効率よく集められないはずです。(本書 p.238)

人間にとって、自分を満足させられる物語を見つけることは、自分を定義することであり、ひいては社会を構成する要因となる。

物語を紡ぐために生み出された《wanna be》が「物語とは人にとって何なのか?」を簡潔に説明するこのセリフがすごくお気に入りです。

このあたりの”虚構が人間を構成する”的な話は、サピエンス全史に書いてあるので、興味があったら、ぜひ読んでみて下さい。

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

 

 

我々の周りにどんな物語があるのかを考えてみると……

男の物語、女の物語。

会社員の物語、漫画家の物語、配達員の物語、公務員の物語。

仏教徒の物語、キリスト教徒の物語、イスラム教徒の物語。

自由主義の物語、社会主義の物語、ファシズムの物語。

etc, etc……。

 

色々な物語があって、人は様々な物語の集合体として定義されている。

しかし、お互いの物語を理解できずに嫌悪の念まで持ってしまうと、喧嘩、暴力、口論、戦争。

あなたの物語はおかしい。

お前のその物語が気に食わない。

私以外の人が、この物語を受け入れているのが怖い。

人が人に嫌悪の念をなぜ持つのかを、嫌いなジャンルの物語を嫌悪するアンチという見方から観察すると中々どうしてしっくりくる気がしてきました。

 

となると、世界平和なんてものを実現しようとすると、各々がなるべく不快感を持たずに受け入れられる物語が必要なのかもしれないですね。

我々人類に共通するものといえば、地球や水、空気、人体、あとは思想などでしょうか。

 

このような気づきを得られるとは想定外でした。

やはり普段読まないジャンルの本も、読んでみると発見があるものですね。