【書評】「世界史」で読み解けば日本史がわかる

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こんにちは、渡辺 堅伍(@watanabe_kengo3)です。

今回の書評は、神野正史氏の「「世界史」で読み解けば日本史がわかる」です。

「世界史」で読み解けば日本史がわかる

「世界史」で読み解けば日本史がわかる

実はちょっと前にこんなツイートをしておりました。

そしたら、祥伝社書籍出版部(@nonbook)にリツイート&ファボされました!

なので、ちょっとドキドキしております。(ドキドキ

神野氏の書籍はとても面白く、毎回楽しみにしているのですが、今回も勉強になることばかりでした。

この本の中で特に印象に残った「第一章 縄文時代 本当に貧しい未開の時代だったのか」をご紹介したいと思います。

縄文時代っていつ頃?

縄文時代と聞くと、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか?

貧しい生活

原始的

非文明的

きっとこういった言葉が出てくるのではないかと思います。

おそらくそれは世界史との対比から形成された概念なのではないかなと思います。

縄文時代というと紀元前1万3000年~紀元前300年ごろまでを言うらしいですが、この間の世界の歴史を見てみると、エジプトやバビロニアの王朝が誕生したり、ペルシャ帝国や中華帝国、アレクサンドロス大王の大帝国が誕生したりととにかく忙しい。

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余談ですが、「いらすとや」さんにアレクサンドロス大王の画像がありました。ぜひ使ってみては?(どこでだ)

たくさんの王朝や帝国が栄枯盛衰を繰り返す中、日本列島では狩猟採集生活を営んでいました、というだけだと確かに未発達に見える感じはします。

しかし、「「世界史」で読み解けば日本史がわかる」にはその認識を覆す内容が書かれています。

農耕への移行はリスクが大きい

世界で初めて農耕が始まったのは、今から1~2年前の西アジアのシリア周辺とのこと。

そもそもなぜ1万年前のシリアで農業(生産経済)が始まったのか?

著者はまず農耕(生産経済)へ移行することのリスクについて説明を行っています。

農耕をはじめるには、農地を作るため、まず第一に今の生活環境を破壊しなければなりませんから、もし農耕への移行に失敗すれば、すべての努力がムダになるどころか、元の生活に戻ることすらできなくなってしまうからです。

ましてや現状の獲得経済から充分な食料が得られているならば、そんな危険を冒してまでわざわざ農耕に手を出すなど狂気の沙汰です。本書 p.22

確かになぜ生命の危機に直結するような変革を行なったのか?という疑問が出てきますね。

著者はこの変革の原因として環境の急激な変化を挙げています。

環境が人にどのような影響を及ぼすのか?について、著者はヨーロッパでなぜ科学が発達したのか?を例に出して説明します。

ヨーロッパで科学が発達したのは、彼らの生活が決して住みよい環境になかったため、これを克服する必要があったからにすぎません。本書 p.26

さらに。

つまり、人が「一歩」を踏み出すときというのは、その前にかならず「現状を打破しなければならないほどの試練・苦難」が立ち塞がったときです。

事実、歴史を紐解けば、技術革新・体制改革・革命・叛乱・戦争など、歴史を動かすような大きな変化が起こるときというのは、その前にかならず生きるか死ぬかの”困難”が襲っています。

逆に言えば、追い詰められなければ歴史は動きません。本書 p.27~28

このことから、著者はシリア付近での何らかの環境変化が起こり、大飢饉があったのではないかと推測しています。

そして、この大飢饉で従来の狩猟採集が成り立たなくなり、仕方なく農耕に移行していった可能性を述べています。

個人的にここで湧き上がってくる疑問は、なぜそこで農耕だったのか?というもの。

そこで、ホモ・サピエンス全史で読んだ内容が頭に思い浮かんできました。

小麦の穀粒は小さくて数が多いので、野営地に戻る途中で必ずこぼれ落ち、失われた。やがて、人間が好んで通る道や野営地のそばには、しだいに多くの小麦が生えてきた。ホモ・サピエンス全史(上)p.113

サピエンス全史(上) 文明の構造と人類の幸福 サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史(上) 文明の構造と人類の幸福 サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福

一見お笑い話に見えるかもしれませんが、私は「割りとあり得るかもな」と思ってます。

何らかの環境変化が起こり、大飢饉があった。

あらゆるものが死に絶えていく中で、偶々近くに農耕に適した食物があった。

そこで農耕にスポットが当たり、開拓するまでもなく寂れた土地で人々は耕し始めたのでは?(このあたりの歴史は私も無知なので、あくまで想像ですが)

縄文時代は「豊かで平和な時代」

この話を聞いた上で、縄文時代が一万年以上も続いてきたということを聞くとすごいと思いませんか?

著者も述べているように、国家というのは普通長続きしないもので、3000年以上続いた国家はひとつたりともないとのこと。

この事実から、著者はこう述べています。

「1万2000年もつづいた」という事実自体が、縄文時代が「変革を必要としないほど豊かで平和な時代」だったことを証明しているのです。本書 p.31

この事実は最近注目されているみたいで、気にはなっていたのですが、この書籍で初めて学びました。

豊かさの具体的な例として、以下のようなものが挙げられています。

300人もの大人数を収容できるような大規模な建築物

高さ15mもの物見櫓(?)

集落の中央に幅15mもの大通り

その土地で取れないはずの材料から推察される遠隔地貿易の可能性

煮炊きによる料理のバリエーションの豊富さの可能性

まとめ

このように貧しすぎず、過度に豊かでもない縄文”文明”は1万年以上もの長きに渡って続きましたが、それもついに終わりを迎えてしまいます。

農耕を会得した弥生人が大陸から日本列島へと大量に渡ってきたことで、縄文人は次第に東北の方へと追い詰められていってしまったのです。

おそらく蝦夷への蔑視はここが起源になっているのではないかなと思います。

こうして見ていくと縄文時代も決して原始的で貧しかったわけでもなさそうだということが分かりますね。

さて、この章の最後には、著者はこう述べています。

18~19世紀に世界を席巻した「白人的大量消費社会」はもはや時代遅れ。

我々は破滅してしまう前にもう一度、「縄文的自然共存社会」に学ぶ必要に迫られているのではないでしょうか。本書 p.40

うーん、たしかに。資本主義的な生活が浸透してから、消費することは手段というより目的化している気がしないでもないですね。

今のこの時代にこそ、縄文時代を学ぶべきなのかもしれません。

このように「そんな考え方があったのか!」と驚くような著者の考えがてんこ盛りの「「世界史」で読み解けば日本史がわかる」。

ぜひ読んでみてください!